5分だけのデート
どうしても真琴の顔を見たくなった。
約束なんてしていなかったけど、真琴の仕事が終わるころ、会いに行こうと決めていた。
ラインにメッセージを入れる。
(今日、会いたいんだけど。もし真琴ちゃんの時間がないなら5分だけでもいいし)
返事が来たのは1時間もたった頃。
(5分だけでいいの?)
こんな短いメッセージを見た瞬間、オレは気持ちをキュッと掴まれたようだった。
もう、わかっている、オレは真琴のことが本当に好きなんだって。惹かれるとか、もっと知りたいとか、そんな曖昧な感情じゃなく。
俺は真琴の住む街へ、車を走らせる。初めて会った日に買っていったレモンのマカロンを助手席に置いて。
すぐに会えるような距離じゃなかったけど、真琴の顔を見るためだけに時間を使いたかった。
車の中でずっと考えていた「5分だけでいいの?」なんて返事を書けるヒトっているんだなって。すべてのことを見透かされているような不思議な感覚。真琴は3つも年下なのに。
駅前のロータリーは夕暮れに包まれ、たくさんの人がそれぞれの方向へ散っていく。コンビニへ行く人、家族の迎えを待つ人、そして仲良く手をつないで歩く男女。
そんな風景を眺めていると、スマホから着信の音。
(今から改札出るね)
真琴からのライン。
(ロータリーの交番前にクルマ停めたよ)
(はーい)
あと1分もしないうちに真琴の顔が見られる。そう思うと、気持ちがポッと暖かくなる。心の中で何回もリピートするのは「会いたい」「声が聞きたい」「一緒にいたい」そんなことばかり。
真琴はオレのことを見つけると、速足で近づいてきた。
「おまたせ、ゆうきさん」
「待ってないよ」
嘘だった。
真琴との待ち合わせ場所に着いたのは約束の30分前。でも、真琴を待つだけの時間も十分に楽しかった。こんなことだって、幸せなことだって知っていたから。
車のドアを開けた真琴が小さく声を出した。
「あっ」
「そうだよ」
「それって、あのマカロンだよね? そうだよね?」
「うん、真琴ちゃん、お気に入りみたいだったから買ってきた」
「嬉しいなぁ。ゆうきさんって、ホントにうまいよね。そういうとこ」
こんな会話をするときに、真琴は決まって少しだけ首をかしげる。癖なのかわざとなのかはわからないけれど、少し見上げるような真琴の表情がたまらなく好きだった。
「うまいって何が?」
「恋愛とか女の子の扱いとか・・・かな。うますぎるのも怪しいけどね」
「そうなの?」
助手席でマカロンの入った紙袋を大事そうに抱える真琴。そして、真琴が行きたいって言っていたレストランに向かった。
このままだと・・・
真琴はオレの「5分だけでもいい」なんて言うマガママを聞いてくれた上に、ちゃんと時間を作ってくれた。
真琴と一緒にいる時間は楽しくて、あっという間に過ぎてしまう。まだまだお互いに知らないことが多かったから、話題なんていくらでもある。
たくさんのことを話す中で、心の片隅にいつもそっと置かれている小さな箱。その箱の中に入っているのは「これから」っていう未来。
箱のふたを開けてしまうと「真琴と自分のこれから」を意識しなくちゃならない。だから、オレは必死でその蓋が開かないように押さえつけていた。
我慢とか、不安とか、心配とか、後悔とか。きっとそんな感情が混ざり合った箱の中身。できればあること自体を忘れてしまいたいけれど。
食事を終えたオレと真琴は、コーヒーを買いに、レストランからコンビニまでをブラブラ歩いた。少しだけ遠いコンビニ。オレは自然と真琴の手を握った。
真琴は何も言わずに、ずっと手を握ってくれている。言葉はなかったけど、ちゃんと真琴の気持ちを受け取ったような気がしていた。その時は・・・。
車に戻ってからも、オレと真琴はずっと話していた。仕事のこと、趣味のこと、そして恋愛のこと。
「ねぇ、ゆうきさんはどんな彼女が欲しいの?」
「うーん、難しいな。オレのこと好きでいてくれる人かな」
「それって、当たり前じゃない?」
そう言いながら笑う真琴。
「じゃあ、ゆうきさん、好きって思われてないのに、付き合ってた彼女がいるの?」
「いや、そんな意味じゃないんだけどな。じゃあ、逆に真琴ちゃんはどんな男性が好み?」
初めて真琴と会った日も同じ質問をした。その時は何も知らなかったから。
でも、今は知ってることがある。
口に出してから、オレはハッとした。
(聞いちゃダメなことだ。真琴はお見合いしてるんだった)
押さえつけていた蓋が、少しだけ開いてしまった。
「私はね・・・」
結婚相手を探してるから・・・
オレは心の中で、その言葉を言わないでくれてって思っていた。その先を聞きたくなかったから。
「私はね、一緒にいたいって思う人かな。特別な事なんてなくていいから」
予想外の答えだった。
「そうなんだ」
そう言いながら、オレは真琴の手を握っていた。
「さっきね、ゆうきさんと手をつないだ時、ぜんぜん嫌じゃなかった」
やっぱり意外だった。言葉が意外なんじゃなくて、そんなことを言う子なんだっていう驚き。
オレは、何の迷いもなく真琴にキスをした。ロマンチックでもなんでもないクルマの中で。
だけど、箱から溢れ出してきた「これから」ってヤツが。
真琴が小さな声で言う
「このままだと、結婚しちゃうんだよ、私」
どうしていいかわからない。わからない二人のこれから。
そして一番わからないのは、お見合いを続ける真琴を、これから先、どんなふうに想うのかっていう自分の気持ち。
好きっていう気持ちの置き場所はどこにあるんだろう?
真琴の手は暖かく、そしてさっきよりもほんの少しだけ強くオレの手を握り返していた。