彼女の週末と僕の気持ち
真琴はいつものように待ち合わせ場所にやってきた。仕事が終わった木曜日の夜。
「お疲れ様、ゆうきさん」
「お疲れ様、今日はちゃんとお店予約してあるからさ。真琴ちゃんリクエストのスペイン料理」
そう言って、オレは真琴と二人で歩き出した。手をつなぐことなんかない。ただ並んで歩いているだけ。それでも、ソワソワする気持ちは間違いなくあった。
前回、真琴と会ったのは一週間前。
週末を挟んで3回目のデート。その週末に真琴はどう過ごしたのか?どんなことを考えていたのか? そして、今何を思っているのか? 知りたいことは山ほどあった。わからないことだらけだったから。
でも、それをそのまま口に出す勇気もない。初めて会ったときよりも、ずっと真琴に惹かれている自分がわかっていたから。
店に入ると、先客が3組。オレと真琴は、カウンター席の一番奥に腰を下ろした。真琴の隣に座るのはこれが初めてだった。
オレはけっして強くない酒を、ゆっくりと飲みながら話をする。真琴の話にうなづいたり、茶化したり。そして、真琴の質問に答えたり。
「そういえば、ゆうきさんってなんでアプリなんかしてたの?」
「なんでって、理由なんか一つしかないでしょ。出会うためだよ」
「運命の人に?」
「もちろん」
「で、いたの?運命の人」
(うん、オレの横に座ってる・・・)
一瞬、そんなダサい答えが頭をよぎった。そして、オレは真琴の質問には答えずに、つい週末のことを聞いてしまった。
「お見合いどうだった?」
本当はそんなこと聞いちゃダメなんじゃないかって、どこかで思ってた。
じっと返事を待っていると、意外にも真琴は明るい声でしゃべり始める。
「いい人だったよ。なんかね、趣味でボランティやってる人だった」
「へぇー、ボランティアか。すごいな」
「でしょ、人としてとってもいい人っぽかった。でもね、結婚相手って考えると、いい人過ぎるっていうか、そういうんじゃないんだよね」
「なんとなくわかる気がする」
「でしょでしょ? そうなの。いい人なんだけど、そうじゃないっていうか・・・」
あっけらかんと話す真琴は、いったい何を考えているんだろう?どうして、オレと会ってくれるんだろう?不思議で仕方なかった。
それを直接聞くのは簡単だった。だけど、一緒にいてくれる理由を聞けない自分がいた。
(お見合いの合間の息抜きなんかじゃないよ)
その言葉にどんな意味があるのか? 知りたい気持ちと知りたくない気持ちが交差する。
真琴はそんなオレの気持ちを知ってか知らずか、お見合いのことを淡々と話す。
お見合いは1時間くらいだってこと。お見合いしただけじゃ連絡先は交換できないってこと、
そして、お互いに気に入っても、旅行や宿泊したら結婚相談所を辞めなきゃならないルールがあることも教えてくれた。
「じゃあ、お見合いから先に進んでも、恋人同士みたいにはならないんだ?」
「恋人同士っていうのがどんなことかわからないけど、お見合いしてその後に交際ってなっても、いきなりキスしたりエッチしたりなんてことはないの。ちゃんと決まってるんだ」
真琴が教えてくれるお見合いの話は、どれも知らないことばかりだった。
「お見合いのあとは、お互いのお試し期間ってこと。とりあえずプラトニックで付きあってみて、それで判断しましょって話」
「すごいシステマチックなんだな」
「でしょ? そこから結婚相手を探すの」
一瞬だけ、真琴の顔から笑顔が消えた。
安心したでしょ?
なんで真琴がそんなに結婚したいのかもわからないまま、ただ話を聞いていた。
知らない世界の、知らない話。結婚ってそんなふうにするものなんだなって、少しだけ驚いていた。
結婚なんて、好きになった男女が、タイミングを見て自然と結婚へ進んでいくもの。それが普通だと思っていた。
そして、ちょっとだか普通の外側にいる真琴に惹かれているオレ。
思わず、口に出してしまった。
「それなら、オレって真琴ちゃんからするとどんな立場?」
真琴は前回のデートの時と同じように、正面からオレの目をじっと見つめてくる。
そして、ゆっくりと外れていく視線。
「ゆうきさん、結婚する気ないでしょ?」
「え?」
「恋愛の先にある結婚って理想だよね。でも私は結婚したい。そういうこと」
真琴の言葉を何回も頭の中でリピートする。どういう意味? わからない。どんな言葉を返せばいいのか・・・思い浮かばない。
「わからないよね、こんな言い方じゃ。でもね、ゆうきさんが、私の言ってる意味を理解してくれたら、全部解決しちゃうと思う」
「ごめん、それって今すぐには理解できないかも。結婚したい真琴ちゃんがいて、オレは今すぐに結婚とか考えられなくて。あっ、でも結婚したくないとかっていう意味じゃないんだよ、あくまでも・・・」
必死で言葉をつなげようとするオレを、カウンターに頬杖をつきながら嬉しそうに眺める真琴の顔にドキッとした。
「わかってるよ、ゆうきさん。大丈夫。でも、もう一つ私がわかってること教えてあげるね。お見合いが上手くいっても、すぐに恋人同士みたいにはならないって知った時に、少し安心したでしょ?」
その通りだった。その瞬間は本当に気持ちを見透かされていたんだと思う。
この時のオレは、この先のことなんて想像できていなかった。だって真琴が決めた期限がたった6ヶ月だなんて知らなかったから。
オレと真琴の間に流れる時間が、急に早まるのは、ほんの少し先のこと・・・。