残された時間

真琴とキスをしてからというもの、オレは本当に浮足立っていた。二人で食事し、手をつないで歩く。たったそれだけのことが、嬉しくてたまらない。

まるで、生まれて初めて彼女ができたときのような高揚感に包まれていた。

ただし、そう思えるのは目の前に真琴がいる時と、デートのあと彼女の後姿を見送るまで。

「このままだと、結婚しちゃうんだよ、私」

真琴がつぶやいた言葉が、ずっと耳から離れない。その言葉をどう受け止めればいいのか。そして、どんなふうに自分の中で消化していけばいいのか。ずっと考え続けているけど、答えが見つかる気配はまったくない。

ただ、わかっているのは、オレは真琴が好きだと言うこと。

一緒にいたい 離したくない そばにいて欲しい オレのことを見ていて欲しい

どの想いも真琴には伝えられない、そんな気がしていた。

もし、どれかひとつでも言ってしまったら、真琴はオレの前から消えてしまうような気がしていたから。

(半年って決めてるんだ)

真琴が決めた結婚までのタイムリミット。そのことを忘れることなんて一瞬もなかった。

知り合って1か月。

サニーって名前で、オレの前に現れたときの真琴は無邪気で、素直な女の子だった。でも一緒にいればいるほど、惹かれていって好きになって。

残された時間は3ヶ月。あっという間。

これから先のことを考えるってことをしたくなかった。怖いとか嫌だとか、そんな簡単な話じゃなくて、オレ自身、自分の気持ちがどう変わるのか、まったく想像ができなかったから。

でも、そんな悠長なことを言ってられるほど時間は残っていないって気がつくときがやってきた。

僕の天使は週末に

その瞬間、ドキッとした。

少し速足で近づいてくるその姿は、オレがいままで見てきた真琴とは違っていた。

真っ白いブラウスと、ほんの少しタイトなスカート。そして細身のピアスが揺れている。

この日、オレと真琴は初めて週末に会う約束をした。

お見合いが午前中だけで終わる。

ただそれだけの理由だった。

でも、この週末デートは、オレにとって大きな分岐点だった。

オレの横でいつものように楽しそうに話す真琴。遅めのランチを食べ終わったあとも、カウンター席に居座っていたオレたちの前には、ワイングラスが並んでいる。

「昼からお酒なんてサイコー!」

「週末とは言え、ちょっとだけ非日常感覚だな」

「うん、なんか楽しくなっちゃうね。でもゆうき、飲むとすぐに顔に出ちゃうからなー」

「そうそう、オレすぐに赤くなっちゃうんだよな。逆に真琴はあんまり顔に出ないけど、けっこう酔っぱらうよな」

「もうワタシけっこう酔っ払いかも」

お互いを呼び捨てにするほどの仲になった。でも、その先が見えない二人の関係。それなのに、どんどんと惹かれていく気持ち。

後戻りできるのか? どこかで割り切れるのか?

考えたくないことが山ほどあった。

ワインのボトルが空になりかけたころ、真琴がオレの肩にもたれながら、話始めた。

「ゆうきって、あれからお見合いのこと聞かないよね」

飲みかけたワイングラスが一瞬止まる。

確かにお見合いのことを聞いたのは3回目のデートのときに聞いた一回だけ。たぶん、無意識だったけど聞きたくなかったから。

「聞いて欲しいの?」

「うーん、そういうんじゃないんだよねー」

「意味がわからないんだけど」

「だよねー! あっ、いろんなもの食べちゃったからリップ塗らなきゃ」

寄りかかっていた頭を急に起こし、ハンドバッグからリップを取り出す真琴。そして、ゆっくりと塗ったのは、いつもよりほんの少し濃いピンクの口紅。

その仕草をじっと見つめていた。そして、その時オレは気がついた。

このままの関係でいたら、真琴は離れて行ってしまう。誰かにとられてしまうんだって。

なんで今まで、そんなことがわからなかったのか? いやきっとわかっていたけれど、心のどこかで、そうはならないんじゃないだろうかって思ってたのかも知れない。

(お見合いが上手くいっても急に恋人にはならないんだよ)

そんな言葉に安心していたのかもしれない。

本当にバカだった。そんなことあるわけない。

全部じゃないけど、知り合った頃よりもだいぶ真琴のこともわかってきた。

いつもと違う服、いつもはしないピアス。そして、オレが知っている真琴よりも、少しだけ濃いピンクの口紅をつける彼女。

そんなことまでわかるようになったのに、オレは言わせてしまった

(お見合いのこと聞かないよね)

って。

真琴がそんなことを言ったのは、酔った勢いなのか。それとも、今まで言えなかった気持ちなのか。その答えはわからなかったが、間違いなくオレの目の前に二つの選択肢が置かれた瞬間だった。

そして、オレはそのどちらかを選ばなければならない。残された時間はあと2か月ちょっと。

「きぼうくんはどうしたいの?」

リップを塗り終えた真琴は、再び肩にもたれかかってオレの腕に抱きついてくる。ちょっと飲みすぎたカップルがじゃれ合うように。

「ねぇ、もし私が結婚しちゃったらさ、ゆうきはどうするの?」

一番答えられない質問だった。

それでもいい・・・

そんなのは耐えられない・・・

わからない、そうなってみるまでは・・・

どの答えも無責任で薄っぺらい。まるで今のオレそのもの。

「わかるわけないよね。ごめんね、酔っ払いでーす」

「あのさ、ひとつ聞いていい?」

「なあに? 変な質問なら答えないからね」

そんな言い方も真琴らしい。

「真琴はオレとこれからどうなりたい?」

いちばん聞きたかったこと、いちばん聞けなかったこと。

前に聞いたときも返ってこなかった疑問。

一緒にいる時間が増えて、お互いの距離が縮まった今、その答えはあの時と変わった?

真琴は、肩から少し顔を離し、オレの顔を下から覗き込みながらこう言った。

「きぼうくんはサニーちゃんとの未来を想像できる?」

オレを見る真琴の瞳は、これ以上ないほどまっすぐで綺麗だった。

 

そして、その瞳を見ていたら、真琴はきっと、オレの質問に答えたくない理由があるんだって思えた。

「優しいよね、ゆうきは。私が知ってる誰よりも」

真琴はそう言いながら、またオレの腕をぎゅっと抱きしめた。

こんな時間がずっと続けばいいのに・・・

でも、二人の時間はそんな思いを受け入れてはくれなかった。