「こんなことってんあんのかよっ!」
彼女に別れたいって言われた瞬間に、真っ先に思い浮かんだ言葉がこれだった。
けっこう長くいたけど、それなりに優しくしたつもりだし、完璧じゃなくても、仲間内では「いい彼氏」っていうイメージで通ってた。
そんなポジションの中で、ひたすら彼女のことを想って過ごしてきてはいたものの、いざふたを開けてみれ、ちょいイケメンとの出会いにあっさり負けてしまうというお粗末さ。
結婚だって考えていたくらい、真面目に付き合っていたんだけど、そんな思いはあっけなく消し飛んだ。
だから、オレは泣いた。たぶん3日くらい。
そして4日目にこう決めた。
「彼女以上に好きな相手ができれば、きっと毎日が楽しい。だから、新しい彼女を作ろう」って。
フラれたことはショックだったけど、とにかくオレは新しい彼女を探すことにした。
そして、その方法は手軽なマッチングアプリ。
慣れない自撮りをがんばって、そこそこに映った写真をアプリに貼り付けた。
けっこうな人が勘違いしてる。マッチングなんてのは自分が選ぶんじゃなくて、まずは女性から選ばれること。
選ぶのはそのあと。
ネットに落ちていた、こんな言葉を信じたオレは、手当たり次第にアプリの「いいねボタン」を押しまくった。
その結果「サニー」と名乗る女性とメッセージのやり取りを始めることになった。
その女性は、爽やかな緑の背景をバックに微笑んでいた。
そのサニーという女性が写った画像の中にはスナップ写真もあったけれど、オレは優しく微笑むその顔がなんとなく気になった。
何回かメッセージのやり取りをしているうちに、少しづつお互いのことがわかってくる。
年齢はオレよりも4つ年下。仕事はある企業の受付をしていて、住んでいる場所はそれほど遠くもない街。
出会いにそれほど焦っていなかったから、ガツガツ質問はしなかった。それが彼女にとっては好印象だったのかもしれない。
その後、彼女と1か月ほどメッセージのやり取りを続け、自然と会う約束をするまでの仲になった。
だけど、会うまではお互いの時間が空いたときのメッセージのみ。ラインすら教え合わなかった。
そんな関係になってから、しばらく経って初めて会うことになった。
待ち合わせは金曜日の夕方。彼女の仕事が終わったあと。
彼女はグレーのコートを着てくると言っていた。顔はだいたいわかるので、それくらいの情報で十分だった。
そして、初めて彼女と会ったその日、オレは色んな意味でガツンとやられることになった。
アナタは結婚に向いてないヒト
オレと彼女はどこにでもあるチェーン店の居酒屋に入り、半個室みたいな造りで、少しだけ密室感のある席へ案内された。
オレは、その日、簡単な手土産を買っていった。
(女の子なら甘いものとかきっと好きだろう)
なんて言う、勝手な想像だけじゃくて、メッセージの段階でなんとなく、好みは聞いていたから、そこそこ有名店のマカロンを買っていったのだ。
居酒屋メニューだったけど、夕食を食べながら話はな盛り上がって、お互いの雰囲気も悪くない。
入店から2時間くらいたって、おなかも膨れたところで彼女がメニューを眺め始める。
「なんか甘いもの食べたいなぁ」
「結構食べたけどデザートは別腹だよね」
「うん。えーと、アイスにしようかな」
「じゃあ、これ食べてよ。はい」
そういって、オレは小さな手提げ袋を彼女に差し出した。
「え? なに?」
「マカロンだよ。真琴ちゃんが、好きだって言ってたから」
「ホントに! 超うれしい! 食べていい?」
そのときの彼女の顔は本当に無邪気だった。
(こういう気持ちに素直な人、好きなんだよなぁ。アイツみたいで)
オレは心の中で、フラれた彼女のことを思い出していた。
そうそう、彼女はアプリの中で「サニー」って名乗っていたんだけど、本名は「真琴」だって今日初めて教えてくれた。
ちなみにオレは何も考えずに「きぼう」っていう名前にしていた。
わざわざアプリ用に名前を考えるのが面倒だったから、自分の希望通りの女性と出会えますようになんて、軽い気持ちで入力した、どうでもいい名前。
真琴はオレが買ってきたマカロンを、あっという間に2つぺろりと食べてしまった。
「このレモンのヤツが一番美味しい!」
「じゃあ、また買ってくるよ」
「やった! 楽しみにしてるね」
恋人同士のような会話が心地よかった。別れた彼女のとの間には、しばらくこんな空気感がなかったから余計にそう感じたのかも知れない。
そして、話題はいつしかお互いの恋愛観のことになっていた。
「真琴ちゃんの理想はどんな彼氏?」
「そうだなぁ、優しくて、頼りがいのある人」
「意外と普通なんだ」
「意外とって・・・私そんなに特殊に見える?」
「いや、そういう事じゃなくてさ。もっと条件が厳しいのかなって思ってた。メッセージでも、前の彼氏はけっこうイケメンでハイスペックだったって言ってなかったっけ?」
「えーっ、そんなこと言ってないよー。それって勝手な想像でしょ」
そう言いながらケラケラ笑う真琴。
真琴との会話は本当に心地よかった。お互いのテンポや言葉が、何の違和感もなくスッと自分に入ってくるから。気がつけば、入店してから4時間。あっという間だった。
(ろそろ、お会計しなきゃ)そんなことを考えたとき、真琴が意外なことを口にする。
「私ね、アプリで会うの今日で3人目なんだ。前の二人は、いろんな意味でちょっと無理かなって思ったから、もう連絡はとってないんだけどね。私、彼氏とかじゃなくて、ずっと一緒にいて欲しいって思える相手を探してるの」
その言葉を聞いて思わずオレは聞き返した。
「ずっと一緒にいたいって、そう思う相手って彼氏じゃないの?」
「違うよ、彼氏じゃなくて、私が探しているのは結婚したいって思える人」
「彼氏と結婚相手じゃ、ちょっと違う・・・よね?」
「うん、そして、あなたは結婚に向いてない人」
少し笑いながら、真琴はオレにそう言った。
この時、真琴がどんな気持ちでその言葉を投げかけたのかはわからなかった。でもなぜかオレの心に突き刺さった。
たかがアプリでの出会い。
そして、そのたかがアプリで出会った女性から結婚に向いてないと言われたオレ。
初めて会ったその日、好きになれそうかも、と思った女性からダメ出しを食らったということなんだろうか?
(なんでオレは結婚に向いてないって思うの?)
それを真琴に聞くことはなかった。
そして精一杯の返事。
そうかなぁ? そんなことないと思うんだけど・・・
「名前の理由」
店を出て駅まで並んで歩いていると、真琴が急にクルリと身体の向きを変えた。
「そうだ、ライン交換しよう。メッセージのままじゃ面倒くさいもんね」
そう言いながらスマホを取り出す真琴。オレもスマホを取り出して操作する。
「へぇ、名前かっこいいね。ゆうきって言うんだ」
真琴がかすかにほほ笑んだように見えた。
「じゃあ、次はラインで連絡するね。今日はありがとう、楽しかったよ。またね」
そう言い残して真琴は改札を通り抜けてていく。
(またね・・・か。でも次なんてあるのかよ。ダメ出しされてんのに)
逆方向の電車に揺られながら、そんなことをぼんやり考えていた。するとラインにメッセージ。
(ねぇ、なんでアプリの名前がきぼうだったの? ゆうきと・・・きぼう。今度会った時に教えてね)
オレは気持ちをぎゅっと掴まれたような気がした。